プロ野球(NPB)はオープン戦が始まりました。台湾プロ野球のスーパースラッガーで、かねて憧れていたNPBに今季から移籍した日本ハムのワンボーロン(王柏融)選手も、早速快音を響かせています。
そんなワンボーロン(王柏融)選手の日本での暮らしを公私共に支えているのが、通訳の蕭一傑さん。王選手と同じ台湾出身の蕭一傑さんですが、実は大変興味深い経歴の持ち主でもあるのです。
ワンボーロン(王柏融)の通訳は蕭一傑
ワンボーロン(王柏融)選手は台湾で2016年にシーズン200安打、打率.414をマーク。翌年には2年連続で打率4割と三冠王にも輝いた「大王」と呼ばれるスターです。
日本ハムでも早速本領を発揮。紅白戦ではバックスクリーンに本塁打をたたき込み、オープン戦初戦の24日の巨人戦でも4番に座り適時打。練習試合を含め、対外試合で6試合連続安打と期待通りの打力を見せています。
そんな母国のスーパースターとはいえ、まだ25歳のワンボーロン(王柏融)選手。海外暮らしも初めてで、NPBでの活躍には公私両面での支援が欠かせません。
そのため球団はワン選手の移籍決定からまもなく、専属の通訳を採用。それが蕭一傑さんです。ワン選手を二人三脚で支える蕭一傑さんとはどんな経歴と人物なのか、次にみていきましょう。
蕭一傑とは?経歴まとめ
蕭一傑さんは1986年台湾生まれの33歳。名前は中国語では「シャオ・イージェ」、日本語読みでは「しょう・いっけつ」です。
祖父から続く野球一家で、小学3年で野球を始めた当時は西武の郭泰源投手のファンだったそうです。日本の高校野球でのプレーを希望し、02年に宮崎県・日南学園高に留学。同高で春のセンバツ、夏の甲子園に投手として出場しました。
大学は奈良産業大に進学。4年生では先発としてプレーし、大学通算16勝1敗、春季リーグではMVPとベストナインを受賞するなど活躍しました。
長年の日本在住のため「日本人扱い」として、08年、阪神のドラフト1位指名を受け入団。初の台湾出身ドラフト指名投手になりました。
ただ阪神には4年在籍したものの1軍での勝利は挙げられず仕舞い。ソフトバンクで1年間育成契約した後台湾プロ球界へ移り、義大ライノズ(現富邦ガーディアンズ)で14~16年の3シーズンプレーして6勝9敗の成績を残しました。そして昨年秋戦力外通告を受け、現役を引退しました。
実は戦力外通告の前、蕭一傑さんには、ワンボーロン(王柏融)選手と交渉していた日本ハムから通訳のオファーがあったそうです。蕭さんは元々語学が得意なのか、少年時代からの日本暮らしですっかり日本語をマスター。
NPB時代や台湾でも他の選手の通訳を買って出たり、送り迎えのアテンドをするなど世話好きな性格でも知られていました。それを見込んで台湾プロ球団からも通訳オファーが舞い込んだそうですが、蕭一傑さんは「日本の野球も勉強できるし、違う形でのNPB復帰も格好いい」と日ハムを選びました。
かなり年下の王選手ですが、台湾時代に対戦もあるほか、故郷が台湾・屏東市と同じでもあり相性は良い様子。蕭一傑さんは、プロ野球選手として果たせなかった夢をワンボーロン(王柏融)選手に託し、「第2の故郷で第2の野球人生」に歩みだしました。
ワンボーロンに関するネットの反応
出典:twitter
まとめ
NPBやMLBの通訳は翻訳だけでなく、選手の異国生活の面倒を見るのも重要な仕事。大谷選手の水原通訳同様、蕭通訳も「(王選手の)横にいないのは風呂に入る時と寝る時くらい。四六時中一緒。でもそういうのは得意だから」と明るく話します。
王選手を見ていると阪神時代の自分を思い出すと蕭さん。当時も大変なプレッシャーでインタビューは苦手だったとか。そんな経験を生かして今は重圧を背負う王選手を支え、メディアとの橋渡し役に励んでいます。
「王選手がお立ち台に上がったらテンパるかもしれないな。僕自身がお立ち台の経験がないんで…」と笑う蕭通訳ですが、恐らくシーズン中何度もあるでしょうから、すぐに慣れることでしょう。
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